私たちの暮らしがつなぐ伝統工芸の未来

田中里奈

slowz編集部が取材した店舗のストーリーや想いをご紹介。このシリーズではお店のストーリーや想いから、消費者の私たちが居心地よくできる暮らしのヒントが見つかるかも。


今回のテーマは「地域の伝統をつなぐために」。清水焼の発信に尽力されている、TOKINOHA Ceramic Studioさん(以下、TOKINOHA)に取材をさせていただきました。


伝統を継承するといえば、担い手になる若手を育成することが真っ先に思い浮かびます。しかし、取材を通してわかったことは、伝統を未来につないでいくためには、伝統を支える地域からの応援や、担い手となる若手作家が気持ちよく創作活動に取り組めるだけの働きやすい環境の整備、そして持続可能なビジネスモデルの構築が欠かせないということでした。


TOKINOHAでは清水焼の製造・販売をしており、伝統を受け継ぎつつ日常でも使いやすい器を作っているのが魅力です。若手作家を応援するためのトキノタネというシリーズの販売や独自の器を使ったマルシェの開催など、町の伝統をつなぐために様々なアプローチで尽力されています。


今回は、TOKINOHAで作られている器のコンセプト、職人やお店についての内部での取り組み、地域の方やユーザーに向けた外部への活動の3つに焦点を当てて代表であり、作り手としても活動する清水さんにお話を伺いました。


お客さんの声から生まれる、TOKINOHAシリーズ

まず、注目したいのがお店のコンセプト。


「こういうのがあったらいいな。そんなお客さんの声が全て参考になりますね。日々直接お客さんと接することができるというのはお店ならではで、作るものもだいぶ違ってくるんですよ」と清水さん。


TOKINOHAでは、「作品としての器ではなく、日常の暮らしで使ってもらうための器」をつくっています。もともと、個展を開くことを目的に器を作っていたそうですが、お店を始めてから、器のユーザーであるお客さんからの要望を取り入れていくうちにこのコンセプトにたどりついたのだとか。作品としてはもちろん、使って楽しめる器。職人の手から生まれた器は空間に溶け込み、そして月日をかけて使う人それぞれの手に馴染んでいきます。



作家の個性が表れる清水焼

そもそも清水焼とは、どんな定義があるのでしょうか? その決まりはただ一つ。「京都で作られること」。そのため、一口に清水焼と言っても、作家それぞれの個性が作品に反映されやすいことが清水焼の魅力につながっています。TOKINOHAでは「色」によってシリーズを分け、器の形も色の雰囲気に合わせて展開しているそうですが、どのようにして決めているのでしょうか。


「色作りは、作り手のノリみたいなものですね。日々、色の研究をしている中で、この色好きだなぁと感じたものをシリーズ化することが多いです」


使いやすさだけでなく、遊び心も加わった自然と調和した色合いで普段のお料理が一段と映えます。また、いくつかあるシリーズの入れ替えはあまりしていないとのこと。お気に入りの器がなくなってしまった…。そんな心配は入りません。安心してこだわりの器を使い続けることができます。



課題から見えた、新しい働き方とは

清水さんは、若い世代の職人が成長できる場所を提供しています。TOKINOHAで活動する職人は20代の方も多く、社員として採用し、成果もみんなに還元しているのだそう。伝統工芸業界では継承者不足が課題になっているということをよく耳にしますが、最も必要なのは若手の職人や技術者が安心して働ける「場所・環境」なのだと清水さんは言います。


「陶芸作家を一つの職業として成立させられるような、モデルケースを作りたいです」


以前、ある窯元の方から、伝統工芸品ビジネスそのものが上手く回らないというお話を聞いたことがあります。従来の流通では、問屋が複数の小売店からの全ての発注を職人にまとめてオーダーし、出来上がった商品を在庫として抱え、小売店に割り振って販売するという作業効率化に欠かせない役割を担っていました。しかし、時代の流れとともに私たちのライフスタイルが変わったことで陶芸業界の景気が悪化し、小売店からの発注が減ったため在庫を持たなくなると問屋としての役割が機能しなくなり、その仲介手数料が職人の負担になっていたという側面があります。こうした背景から、職人がフルタイムで働いても彼らの手元の売上はほとんど残らないというような状況でした。このままでは職人も体力的に続かないという苦境で、清水さんはおよそ9割を占める問屋との取引を見直すことにしました。


「リスクを負ってでもチャレンジしないといけないタイミングはいくつかあると思うんです。その一つがこれだったのかなと思います。この形態が実現できているのは運営スタッフや職人がいてくれるからこそです」


従来の業務形態から店舗での販売をメインにするなど大きく変わってきたTOKINOHAですが、理想と現実の狭間で上手くいかないこともあると言います。直接販売に力を入れようと始めた「ソーホー」というECサイトの運営もなかなか難しいものだったのだとか。しかし、スタッフの理解も得てこそ、今のお店が成り立ち、新しい試みを次々と展開していけるTOKINOHAがあります。働く環境は職種によってさまざまだと思いますが、今、こうした見直しが伝統産業界で求められているのではないでしょうか。


地域の工芸品をつなぐために私たちができること

「若手の作り手さんを応援したい!」。そんな気持ちに応えられるのが「TOKINOTANE」という商品です。日々修行に励む若手の作り手が作る器で、プロの作り手が商品にできるものを選定し、それを「TOKINOTANE」として並べているのだとか。通常のものよりもリーズナブルな価格でお買い求めできます。自らの手でつくった器がお客さんの手に渡ることは彼らの励みになっているのだそう。お店に立ち寄った際にはぜひ覗いてみてください。



さて、ここまで私たちとTOKINOHAのつくる器とのつながりについてお話してきましたが、伝統を繋ぐために私たちにできることはまだまだあります。TOKINOHAでは、色々なイベント開催にも尽力しています。昨年(2021年)には、おいしいお料理をTOKINOHAの器でいただけるこだわりが詰まった「エシカルマルシェ」の開催や、レストランに眠る器を次のユーザーへと繋げる「器循環プロジェクト」に取り組むなど、陶器をより身近に感じることのできる機会を届けてきました。


地域の方に向けて清水焼に触れてもらう機会を提供し、町全体でその伝統を盛り上げることにチャレンジするTOKINOHA。そういった新たな取り組みが、結果的に従来の活気を取り戻すことにつながっています。器を手に取り伝統を繋いでいく。そんな要素をあなたの日常にも取り入れてみてはいかがでしょうか。



編集後記

私は清水焼の窯元が多く集まる清水焼団地のすぐ近くで育ちました。でも、私が清水焼に興味を持ったのはほんの数年前のこと。偶然「清水焼の郷まつり」を訪れ、その時に作家の方からお茶碗について教えていただいたのがきっかけです。身近に伝統が存在していても触れる機会がないと知らないまま終わってしまうということも多いのではないかと思います。一歩踏み入れた先にある町の伝統を見つけることも暮らしを豊かにするヒントになるかもしれません。


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